山口恭一の人生を変える就活

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どんなふうに時間と頭を投資してきたか?

仕事上手な人は自由時間を投資している

それじゃここから、私の実体験に基づいた「時間と頭の使い方」をお話しします。私がいままでにどうやって時間と頭を投資してきたか、どんなふうに時間外の努力をしてきたか知ることが、ひとつの参考になるでしょう。
20歳のとき、確固たるビジョンを持つ同級生たちの会話に打ちのめされた私は、浪人生活に見切りをつけ、社会へ飛び出しました。そのときの長期的な目標は「起業して経営者になる!」。早く営業力を身につけられて独立できそうな仕事を探し、レジャー会員権の販売会社に入社しました。
その会社で最初に上司からこう言われたんです。
「朝は8時前に出社するように」
ええっ? と思いましたね。だって、就業条件の説明のときに「勤務時間は午前9時から午後6時まで」と言われたんですよ。なのに帰りだって、午後6時どころか10時、11時ごろまでみんな会社にいるらしい。どうしてかなあと思ったんで、おずおず上司にきいてみました。
「8時前に出社ってことは、8時から何かあるん……ですよね?」
すると返ってきた答えが、
「当たり前だろう。仕事は9時から始まるんだ。だから、その前に準備をするん じゃないか」
ああそうか、なるほどと納得しました。言われてみれば、勤務時間外に準備するのは当たり前です。あなたが学校に通ってたころだって、宿題だの塾通いだの、時間外にやらなくちゃいけないことが結構あったでしょ?
それにしても、このころの私は世間知らずの面があったとはいえ、実に素直でしたよ。この8時出社の件だって、ただ不思議だと思ったから素直にきいてみただけ。だけど、これがもし「勤務時間は9時からという条件だったのに、どうして違うんですか?」なんて言い方したら、そうとう可愛げがないよね。気をつけ ましょう。
そして上司はこうも言いました。
「夜は時間どおりに帰っていいんだよ。ただし、売れたらの話だけどな」
これまた、なるほどと納得です。○時から○時までオフィスにいればいい、というような仕事じゃありませんからね。特に営業に関して言うと、時間はほとんど関係ない。“売ってナンボ”なんです。
そのころはまだ、週休2日制が世の主流にはなっていませんでした。私の会社も土曜は隔週休み。だけど土曜の休みはもちろん、日曜日さえまともに休めない日々が続きました。仕方ありません、“売ってナンボ”の世界なのに、毎日足を棒にして歩き回っても全然売れないんですから。売れるまでは遊ばないという覚悟で、休日も仕事をし続けました。六月に入社してから最初の3カ月で休んだのは、たったの2日です。“売れなきゃ休めない”というのはイコール“売ったら休める”でもある。そう思うと少しは気が楽になりましたが、実際問題売れないものをどうしたらいいのか。
「営業ってのは大変な仕事なんだな……まさに、ハイリスク・ハイリターンの職種だ……」
「ハイリスク・ハイリターン」ってのはこういうこと。営業というのは、売れなければ地獄です。時間はむちゃくちゃ制約される、体は疲れる、お金はもらえない、ボロクソに言われる、下手すりゃクビになる——売れなきゃこれだけのリスクが待ち受けている。まさに「ハイリスク」です。その反面、売れれば天国。時間は自分でコントロールできる、人から喜ばれ期待される、お金は沢山もらえる、将来が見えてくる——これだけのリターンがもらえるんだから、「ハイリターン」なんです。
ここでまた例のとおり、私は人のアドバイスを請いました。売れてる営業マンと、上司に話を聞きに行ったんです。
「どうすれば売れるようになるんでしょうか?」
「売れてるやつの真似をすればいいんだよ」
これが上司の答えです。そうか、と思って売れている人たちの様子を観察し始めました。
とはいっても、新米営業マンがトップセールスのやり方をすべて真似しようとしたって、なかなかできるもんじゃありません。トップセールスの人たちというのは、築き上げてきた実績の層が厚いんですよ。お客様からの信頼があるから、紹介もたくさんいただける。このあたりは新米が太刀打ちできないところです。
しかしそれでも、とにかく何か自分に真似できるところから始めようと、必死でしたね。何でもかんでも一生懸命先輩に聞きにいくので、そのうち先輩のほうでも「あいつ、頑張ってるな」と思ってくれたんでしょう、熱心にいろいろ教えてくれる人も出てきました。
そうやってトップセールスの仕事ぶりを見るうち、わかってきたことがありました。トップセールスたちに共通しているのが、新米時代の「勤務時間外の努力」だったんです。
売れている営業マンはみんな、まだ売れていなかったころ、休みの日を使って業界や競合他社の研究をしたり、お客様の前でプレゼンテーションをおこなう練習をしたり、オリジナルの販売促進ツールを作成したりしていました。つまり、勤務時間以外の自由時間を使って、仕事のための訓練をしていたんです。
「プロ営業マン、イコール天才ってわけじゃないんだな。やっぱりみんな最初のころは、陰でむちゃくちゃ努力してたんだ。売れるのは何も奇跡じゃないんだ……」
というわけで、私がトップセールスたちの真似をしたのは、まずこの「勤務時間外の努力」でした。そして、セールス用のツール。それから、お客様の事例。どういう人がどういう理由で買ってくださったのか、そういう事例の研究です。この3つを必死に真似しましたね。
具体的には、大きな鏡を買ってきてその前に立ち、お客様に対するプレゼンテーションをやってみました。つまり、自分に向かって売る訓練をするわけです。常に自分の目を見ながらやっていましたよ。違和感があっても、決して目をそらしちゃいけない。そのほかには、自分のセールストークをテープに録音して、客観的に聞く訓練です。どちらの訓練も、毎日やりました。
その結果、入社3カ月目にして初めて売れたんです。最初こそ上司に手伝ってもらいましたが、その後すぐに自分ひとりの力で契約を取ることができました。やっぱりどんなことでも、初めは上手な人の真似をするのが一番です。

投資は目標設定とペアで

時間と頭の投資は、目標設定とペアでおこなうべきでしょう。
私の場合、長期目標は「起業して経営者になる!」でしたが、短期目標は「とりあえず1本契約を取る」という身近なものでした。その短期目標を達成するために、遊びや休みを犠牲にして時間と頭を投資したわけです。
そして目標がひとつ達成されたら、次の目標は「今月中にもう1本契約を取る」に変化する。それが達成されたら、今度は「自分のお金で高級クラブへ行く」に変化する……という具合に、短期目標はそのときそのときの状況で、身近なものへと修正・再設定されていきました。
そんなあるとき、短期目標が「4畳半一間のアパートを出てマンションへ引っ越したい」に変化したんです。浪人時代と同じ狭い部屋に帰るのが、だんだんみじめに思えてきちゃってね。しかし、そのころ私の初任給が11万円——保険や税金を引かれた手取り額は8万円です。マンションの家賃はどう安く見積もっても7万円ですよ……払えるわけないじゃないですか。
けれども、ためらう私に上司がこう言ってくれたんです。
「コミッションで稼げば家賃が払えるじゃないか」
そうだった! 営業マンってのはふつう、売り上げを上げればコミッションという報奨金がもらえるんです。だから、コンスタントに売ることができる人なら、固定給にプラスした報酬が期待できるわけ。しかし、マンションに引っ越して、その後売り上げが落ちちゃったらいったいどうなるんだろう……と考えると、ちょっと二の足を踏んでしまいますよね。
私のそんな気持ちを見透かしたように、上司は言いました。
「引っ越したいなら引っ越したほうがいい。自分を追い込まなきゃダメだ。稼げなくなったらそのときは、また家賃の安いアパートを探せばいいんだよ。お前はまだ家族を養っているわけでもないんだから、いまのうちに自分に投資しておけ」
ああ、そうかと納得しましたね。これも自分への投資なんだと。いま抱えられるリスクはすべて抱え、自分を追い込んで力をつけようと決意しました。だめなら元に戻ればいいんだと。そこで、十月にはアパートから念願のマンションへ引っ越したんです。
そうなると今度は生活がかかってきますから、売れなくなるのが怖くてしょうがない。上司の言ったとおり、自分を追い込んで必死に仕事しましたね。短期目標を「トップセールスになる」に変化させたのもこのころです。そして、十一月にトップセールスを達成。その後も数年間ずっとトップの座を守り続けました。入社1年後はわずか21歳にして、20名の部下と3000万円の年収を手にしていたんです。
それもこれも、時間と頭を投資する時期を間違えなかったからだと、いまにしてつくづく思いますよ。目標を設定したら、それを達成するために、時間と頭を使うこと。特に若い時期にはこれが重要になってきます。

チャンスを逃がすな

時間と頭を使うにあたって、タイミングというのも大事な要素です。チャンスをもらえるのは若いうちだという話をしましたね。あなたが一生懸命努力していれば、どこかで必ずチャンスが巡ってきます。そのタイミングを逃がすことなく、的確にとらえ、そこで時間と頭を投資することが必要なんです。
私の場合、会社に入ってからまず、実際の営業時間を長くしました。そして、勤務時間外の時間は「仕事上手な人の真似をする」ことで訓練しました。ここで目いっぱい時間を投資したわけです。もちろん頭も使いました。その結果、プロの営業マンになれるチャンスが巡ってきた。そこで再び、自分の時間を投資して仕事にのめり込む。とにかく一人前になるまでは仕事漬けでいよう、と思っていましたね。
入社後しばらくして部下ができてからは、売ることに加えて人の管理や指導や育成というのが仕事になりました。これはいわゆるマネージメントですね。つまり、ここでリーダーになるための勉強をするチャンスが与えられたわけです。再び、時間も頭も、そして部下にごちそうすることで実際にお金も投資しました。
しかし余談ですが、ごちそうしたら部下のモチベーションが上がるだろうってのは、美しき幻想にすぎなかった。私にすれば、「そっか、メシ食わしたからってその分働くわけじゃないんだな」と知ったんで、これは自分自身への投資だったとも言える。ま、部下にとっては、ごちそうだけしてくれて口は出さない上司が最高だってことでしょう。
いずれにしても、このときマネージメント能力を身につけられたのが、のちの自分の経営者人生にとって、とても大きかったと思いますよ。
さらにそのころから、マーケティングがわかるようになっていきました。マーケティングというのは、何を誰にいくらで売るか、すべてコントロールすることです。したがって、商品開発、顧客ターゲット設定、経営管理といったもの全部に通じてなくちゃならない。このマーケティングが、会社の方向性を決定するんだと知りました。がぜん興味が湧きましたね。
私の長期目標は起業でしたから、マーケティングを勉強しておけば必ずのちのち役に立つ。それがわかっていたから、時間を惜しまず勉強しました。価格・販売方法・顧客分析……なぜレジャー会員権にはこの値段がついているのか、どういう売り方が考えられるのか、お客様のターゲットはどうなっているのか。“基本はお客様に喜んでいただくこと”というのはどんな商売にも共通しますが、価格や販売方法や顧客層はそれぞれ異なるし、価格が安けりゃ売れるってもんでもありません。
そして25歳のとき、会社が同業他社に吸収合併されたのをきっかけに、サラリーマンを辞めて独立する決意をしたんです。
吸収合併なんて聞くと、ふつうはピンチだと思いますよね。でも私の場合は、それまでに時間と頭をいっぱい投資してきたから、新しい会社からはいままで以上の期待をかけてもらえたし、全然ひるむことがなかった。で、この状況はむしろ、自分にとってはチャンスだと考えました。
そしていろいろな人に話を聞き、「10年後、20年後も存在し続ける仕事」「お客様がリピートオーダーしてくれる仕事」に的を絞って、何の事業をやっていくか決めることにしたんです。最終的には「汚れる商売はすたれない」という先輩の言葉にピントを得て、クリーンビジネスを思いつきました。最初に始めたのが、店舗に出向いてテントやカーペットや換気扇などを洗うという出張クリーニング業です。
この商売を思いついたとき、何が大変になってくるだろうと考えました。ある人が言うには、「洗うのは道具があれば簡単だが、注文を取るのが難しいだろうな」と。これを聞いて、しめた! と思いましたよ。注文を取ること、つまり営業ならお手のものですからね。
「これは、いけるかもしれないぞ……」
というわけで、経営者としての自分を試すチャンスがやってきたんです。こうして「山口商会」が誕生。最初に会社へ入ったとき以上にハードな日々が始まりました。
そのころの平均的な私の日常です。
朝は3時半に起きて支度し、4時半から現場でお客様の店のテントを洗う。その後「吉野家」で朝食をとり、いったん自宅へ戻ってシャワーを浴びてから、注文をいただくための外回り。私が営業に出ている間は、ふたりの学生アルバイトが現場を担当するので、その様子をときどき確認しながら、ひたすら夜まで商店街や飲食店エリアなどを歩き回ります。1日に何キロも歩くため、あっという間に靴底がすり減りました。独立後、最初の1年間で休んだのはたった1日でしたね。
確かに体はきつかったが、精神的な疲れはなかった。“やらされてる仕事”じゃなく自分で時間をコントロールしていたので、そんな毎日がまったく苦にならなかった。若かったせいもありますし、明確な目標を持っていたから、時間と頭を投資するのは当たり前だと思ってました。
その結果、マーケティングの面白さに目覚め、ますます仕事にのめり込みました。何せ、“店舗の大掃除代行”というのが完璧にオリジナルの商売だったんで、相場ってものがないんですよ。何もかも自分で決めなくちゃならない。例えば、「テント洗ってほしいんだけど、うちの店だといくら?」なんて聞かれても、始めのころは「えーと、いくらかなあ……」てなもんでしたよ。
そのうち、「小さいテントひとつ洗うのに1時間かかるから、まあ1万円かな。とすると、大きいテントだと2万円か……」なんて具合に決まったり、お客様が 「1万円ならやってもらってもいいよ」と言えば「そこを何とか1万2千円にしていただけませんか?」というふうに2割アップで交渉してみたり。利益を出すための値段決め、これが結構楽しかった。
がむしゃらに働いた甲斐あって、売り上げは順調に伸びていきました。クリーンビジネスってのは、リピートオーダーがいただけて手堅い商売ですからね。つまり私の読みは外れなかったわけです。やがてそうこうするうち、掃除道具や機材を仕入れていた会社の人から、こんな提案を受けました。
「山口くん、君には営業力がある。どうだろう、うちの機材を買って同じような出張クリーニングをやりたいという人間を探してきてくれないか? そうしてくれたら、マージンを払うよ」
私の大掃除ビジネスがうまくいってるのを見て、“この機材を使って商売すればこんなふうに成功します”というモデルとして「山口商会」を使おうと考えたんでしょう。この考えは、フランチャイズのやり方に近いものがあります。単に自分で商売をやるだけでなく、商売のノウハウそのものを売るという考えこれを知ったとき、新たな可能性が開けたように思いましたね。再び、チャンスの到来です。
というわけでこのころは、本業の出張クリーニングに加え、掃除の機材を売る手伝いも始めてマージンをもらっていました。ところが、思いもかけないトラブルが発生。何とその機材会社が、多角経営に失敗して倒産してしまったんです。
「ここが倒産しちゃったら、機材も材料も仕入れられない。困ったな………」
悩んだあげく、この会社に機材を卸していたおおもとの会社に直談判することにしました。そのときに言われたのが、
「わが社は、法人が相手でないと取り引きできないんです。お宅が株式会社であれば、問題ないんですが……」
これを聞いて、株式会社化を決断。こうして「山口商会」は創業2年目にして「株式会社 トータルサービス」へと発展を遂げたわけです。このときも私は仕入れ先の倒産というピンチを、むしろチャンスと受け止めました。機材確保の必要に迫られての決断でしたが、株式会社になれば信用の大きさも違ってくるし、自分の下で代理店を作ることもできる。フランチャイズの将来性に期待し始めていた私にとっては、まさに絶好のタイミングだったわけです。
チャンスというのは、それが見えない人には巡ってきません。というより、そういう人はもしチャンスがやってきたとしても、おそらくチャンスだと気づかないでしょう。どんなときでも前向きに努力し、マイナスをプラスに、ノーをイエスにすることができる——そんな人だけが、チャンスを生かしてステップアップしていけるんです。
あなたのもとへやってきたチャンスを、逃がさないでください。そのチャンスはもしかしたら、ピンチという衣をまとっているかもしれません。衣の下にチャンスが隠れていることに気づけるのは、自分の時間と頭を投資してきた人だけなんですよ。